霧積温泉湯元 金湯館

〒379-0307 群馬県安中市松井田町坂本1928 霧積温泉 金湯館
TEL:027-395-3851 FAX:027-395-3014

概要

日本近代の政治家・文化人も逗留した、歴史と文学の宿

群馬県と長野県の県境に位置し、上信越高原国立公園の中の特別地域に当館はあります。

創業は明治17年、当時は東京からの避暑地として栄え、当時は旅館と別荘を併せて42軒の建物があり、政財界、文学界の重鎮が霧積の地を馬やお籠、人力車で訪れていました。そして、伊藤博文を筆頭とするメンバー30人ほどで来訪し、当館にて明治憲法も草案されております。

金湯館の歴史

明治当時の付近の地図を示した版画

明治時代の金湯館広告

上記のほかにも金湯館付近地図の版画などあります。ご来館の方でご希望の方は複写を差し上げます。
記念にどうぞ。

明治20年頃に勝海舟は当館に湯留し
与謝野晶子当地での歌を残しています。

「北海にむかはん汽車の声なども 聞く霧積の碓氷峠」
(岩波文庫 与謝野晶子自選歌集より)

こちらは勝海舟の揮毫による碑です。(当館玄関脇)

矢島揖子(YWCA、キリスト教婦人矯風会創立者で
徳富蘇峰・蘆花の伯母にあたる)の依頼により、
そのとき皮膚病で湯治に来ていた勝海舟が
筆をとったものと言われています。

その後明治43年に起こった山津波で殆どの家屋が流され、
金湯館のみがその難を逃れ今に至っております。

母屋は明治16年の建物を残し、平成に新館を増築しました。

大正・昭和に入りその良質の温泉を求めて、
当館で難病を治癒して帰る客人が
各地から後を絶たなかったといわれております。

現在でも、ある温泉紀行家には「泉質は
全国で10本の指に入るくらい」
だと評されております。

春から秋にかけてはその美しい自然を愛でながら、軽井沢へ通じるハイキングコースを楽しまれるお客様がたいへん多く、山中の温泉宿として親しまれております。

最寄のJR横川駅峠の釜飯・駅弁で全国的に有名)より約13km、国道18号線からは11kmほど山中に入った山の一軒屋です。日本国内にこれほどまでに山の奥地に温泉宿があったかと評されるほど、人里離れた当地は自然の宝庫です。

想像を絶するほどの山間の一本道をひたすら車でご来訪いただけますと、時には山の動物たち、サル・イノシシ・カモシカなどに遭遇することもあるほど自然が残っております。山奥での四季それぞれの美しさは語り尽くせません。素朴な当館に、自然を愛するお客様にお泊りいただき、喜んでいただけるのが何よりでございます。

賑やかな温泉街とはまた違う味わいがございます。静かにのんびりなさりたい方にはお薦めです。

また秘境中の秘境であるため、途中には外灯もございませんので、明るいうちにご到着いただけますようお願いいたします。尚、山中は携帯電話も通じませんので、予めご予約の際に道順をお確かめの上、お出掛けいただけますようお願いします。

大自然の中にひっそりと佇む、素朴な山の1軒宿としてたくさんのお客様から愛されて商売をさせていただいております。

温泉の質 カルシウム硫酸塩温泉

1分間に300リットルの豊かに溢れ出る湯量はみょうばん重炭酸土類を含み、透明無色の肌ざわりのよい 40度という熱くない天然の温泉として親しまれています。

40度の天然の湯を24時間絶え間なく流すため 浴室は内湯のみ男女各1つずつご用意させていただいております。ゆっくりとお入りください。

効能

神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、

運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、

くじき、切り傷、やけど、慢性消化器病、

冷え性、病後回復、疲労回復、健康増進、

動脈硬化など